【多様体論】位相多様体とは? 定義・イメージからハウスドルフ性の必要性・次元の一意性まで解説

2024.05/13

こんにちは!半沢です!

今回の記事では多様体論における位相多様体(topological manifold)について解説したいと思います。

位相多様体の定義,イメージだけでなく,
なぜハウスドルフ空間である必要があるのか?,多様体の次元は一意的なのか?といったことについても解説したいと思います。

ぜひ読んでいってください。

位相多様体(topological manifold)

導入

位相多様体の定義をするために必要な用語をまずは確認していきましょう。

定義

位相空間\(M\)において,\(p\in M\)を含む\(M\)の開集合\(U\)から,\(n\)次元実数空間\(\mathbb{R}^{n}\)へのある開集合\(U’\)への同相写像\(\varphi:U\to U’\)が存在するとき,
組\((U,\varphi)\)を点\(p\)における\(n\)次元チャート(chart)と定義する。

またこのとき\(U\)を座標近傍,\(\varphi\)を局所座標系と呼ぶことにする。

下の図のようにチャート\((U,\varphi)\)は点\(p\in M\)の局所的な場所(開近傍\(U\))では,私たちになじみのある実数空間\(\mathbb{R}^{n}\)とみなせることを表しています。

\(\varphi:U\to U’\)は\(\mathbb{R}^{n}\)への写像とみなせるので,\(\varphi=(x^1,x^2,\ldots,x^n)\)のように,
\(\varphi\)を第\(i\)成分\(x^{i}:U\to R\)と分解できます。

※多様体論では上に添え字をつけることがあります。

この\((x^1,x^2,\ldots,x^n)\)をチャート\((U,\varphi)\)の局所座標と呼ぶことも押さえておきましょう。

より厳密な言い方をすれば,\(\mathbb{R}^{n}\)の第\(i\)成分への射影\(\mathrm{pr}_{i}\)を用いて,
\(x^i=\varphi\circ\mathrm{pr}_i\)で定義される写像のことです。

さらにもう一つの用語も定義させてください。

定義

位相空間\(M\)の任意の点\(p\)について,点\(p\)における\(n\)次元チャートが存在するとき,
\(M\)は\(n\)次元局所ユークリッド的であると呼ぶことにする。

イメージとしては,\(M\)は全ての場所において,私たちになじみのある\(\mathbb{R}^{n}\)とみなせることを表しています。

地球のイメージで考えると分かりやすいと思います。

私たちは地球という球に住んでいるのに,私たちの生活範囲(局所的な範囲)で見れば,
平面(\(\mathbb{R}^{2}\))として考えられます。

そのため地球は\(2\)次元局所ユークリッド的ということです。

また\(M\)が\(n\)次元局所ユークリッド的であることは,\(M\)全体を被覆するような\(n\)次元チャートの族\(\{(U_\alpha,\varphi_\alpha)\}_{\alpha\in A}\)が取れることと同値であることが分かります。

このような族をアトラス(atlas)と呼ぶことも押さえておきましょう。

ちなみにアトラスは「地図帳」の意味です。

地球全体を平面で表すとなると,ある領域(例えば国など)ごとの地図(チャート)を作成し,それを地図帳(アトラス)にまとめれば良いというイメージですね。

準備が整ったところで,多様体の定義に移って行きましょう。

定義

定義

位相空間\(M\)がハウスドルフな\(n\)次元局所ユークリッド空間であるとき
\(n\)次元位相多様体と定義する。

局所ユークリッドの定義にハウスドルフ性が加わっただけですね。

なぜハウスドルフ?で解説しますが,ハウスドルフ性はあまり本質的なものではないので,
イメージ的には「多様体は局所ユークリッドな空間」と同じです。

一応,イメージを再掲しておきます。

多様体とは局所的に実数空間\(\mathbb{R}^{n}\)とみなせるような空間である。

※教科書によっては第二可算であることも要求することも多々あります。(例えば参考図書\([1]\))

このあたりの定義のブレについてもなぜハウスドルフ?で解説しているので,そちらを参照してください。

補足

この章では多様体の定義や性質について詳しく踏み込んでいきましょう。

なぜハウスドルフ?

本やYoutubeなどの解説の多くは,「多様体は局所的にはユークリッド空間に見える空間」と説明しています。

しかしその場合,ハウスドルフ性をなくして局所ユークリッドの条件だけでよいのでは?という疑問が生じます。

結論から言えば,ハウスドルフ性は絶対に必要というわけではありません。

実際にハウスドルフ性を課さない”多様体”も考えられています
(英語版wikipediaのNon-Hausdorff manifoldを参照するとそのことが分かると思います)。

ではなぜハウスドルフ性を課すのでしょうか?

主な理由は多様体の「埋め込み」を考えるためです。

多様体論では「埋め込み」を考えます。

※「埋め込み」が分からない方は,「多様体を\(\mathbb{R}^{n}\)の部分空間としてみなせること」というイメージで読み進めてください。

\(\mathbb{R}^{n}\)はハウスドルフかつ第二可算なので,ハウスドルフかつ第二可算でない空間は埋め込めないことが分かります。

そのため「埋め込み」を考える上ではハウスドルフかつ第二可算性を満たさない空間を考える必要がないです。

よって多様体にハウスドルフ性と第二可算性を持たせた方が良いことが分かります。

しかし条件を付け加えすぎると一般性が失われてしまうので,第二可算性を省いたといった感じです。

結局は流派の違いということですね。

Mathematics Stack Exchange“という海外のサイトでも,
なぜハウスドルフ性を必要とするのかの議論がなされているので,そこも参照すると良いでしょう。

一応,私の日本語訳を載せておきます。

[]内の文はニュアンスが伝わるように私が勝手に付け加えたものです。

※私は英語があまり得意ではないので,誤訳があるかもしれません。その場合お知らせください。

質問者(Sepideh Bakhoda)

なぜ位相多様体の定義にハウスドルフ性を必要とするのですか?

\(M^{n}\)を位相多様体とすると,局所的に\(\mathbb{R}^{n}\)とみなせます。[このとき]\(M^{n}\)は局所的にハウスドルフになるはずです。

私が理解したいことは以下のことです。

1)局所ハウスドルフ性はハウスドルフ性を導出するのですか?(私は全体としてはハウスドルフではないけど,局所ハウスドルフである位相空間を思いつきませんでしたから。)

2)なぜ位相多様体の定義にハウスドルフ性を必要とするのですか?[ハウスドルフの代わりに]局所ハウスドルフ性の仮定では不十分なのですか?不十分なら,なぜ不十分なのですか?

誰か回答していただけると嬉しいです。

全ての回答を訳すのは冗長ですので,回答スコアの上位二人の回答を載せます。

回答者(Brian M Scott)

ハウスドルフでない局所ユークリッド的な空間は存在します。人によってはそのようなハウスドルフでない空間を多様体として考えたり,反対にハウスドルフ性を課すことでその空間を省いたりします。二つの原点を持つ直線[この例はNon-Hausdorff manifoldに詳しくのっています]はハウスドルフでない多様体の簡潔な例です。[実際]その直線は\((0,1)\)に同相な開基を持つので局所ユークリッド的ですが,二つの原点は互いに素な開集合で分離することができません。

回答者(Moishe Kahan)

ハウスドルフ性(や第二可算性)を多様体に求める理由は主に三つあります。

1.一次元多様体の分類を可能にするためです。そのような分類ができなければ,より高次の多様体を分類することは(それどころか理解までも)とても厳しいものになります。

2.人によってはある高次ユークリッド空間に多様体を埋め込むことを可能にしたいと考えているからです。繰り返しにはなりますが,[ハウスドルフ性と第二可算の]両方の条件を課さなければ,それは不可能です。

3.多様体論には起源があるからです。その起源は解析(主に複素解析)や微分幾何にあります。リーマンは多価複素解析関数の理解に興味を持っていたので,リーマン面を,それらを用いることで初めは定義しました。その約100年後,もう一度リーマン面の文脈の中で,ワイルが最初に抽象多様体[埋め込みなどを前提にしていない,この記事で定義した多様体のことのようです]の厳密な定義を与えました。リーマン面が第一の目的なので,彼は多様体に第二可算性とハウスドルフ性を課しました。その後,私が思うに,微分幾何学者達はワイルの与えた定義は非常に役立つことを理解していたので,その流行に乗りました。さらに時が経つと,”ハウスドルフ性”を弱めるべき自然な設定があることを学者たちは認識し,そのような一般化は主にfoliatation論[対応する日本語がありませんでした]が目的となっています(また,おそらく量子力学もそうですが,私はこれについては自信がありません)。

また役立つコメントがあったので,それも追加で紹介します。

J. Leeの本”Introduction to Topological manifolds”では”Remarks on the Definition of Manifolds”[多様体の定義に関する注意]という節で,著者が\(n\)次元多様体が持つべきすべての性質,特にハウスドルフ性について注意深く調べています。あなたにとって関心があればよいです。(SBFによるコメント)

次元の一意性

この節では次元の一意性についてお話していきたいと思います。

多くの教科書では次元の定義はなされるものの,その一意性についてはあまり議論されていません。

そこでどのように次元の一意性が成り立つのか確認していきましょう。

仮に位相空間\(M\)が\(n,m\)次元多様体であったとします。

このとき,ある\(p\in M\)における\(n,m\)次元チャート\((U_n,\varphi_n),(U_m,\varphi_m)\)が存在します。

\(p \in U_n,U_m\)は\(M\)の開集合なので,\(p\in U_n\cap U_m\)も空でない開集合です。

同相写像\(\varphi_n\)の定義域を\(U_n\cap U_m\)に縮小することで,\(U_n\cap U_m\)は\(\mathbb{R}^{n}\)のある開集合と同相になります。

同様に同相写像\(\varphi_m\)を考えることで,\(U_n\cap U_m\)は\(\mathbb{R}^{m}\)のある開集合と同相になります。

したがって,\(\mathbb{R}^{n}\)のある開集合と\(\mathbb{R}^{m}\)のある開集合が同相になります。

ここで以下の定理を用います。

次元不変性の定理

\(\mathbb{R}^{n}\)と\(\mathbb{R}^{m}\)のそれぞれ空でない開集合\(U,V\)が同相になれば,\(n=m\)である。

故に\(n=m\)であることが分かりました。

次元不変性の定理が突如出てきましたが,これは参考図書\([2]\)などに載っています。

これを証明するためには,ホモロジー論の局所ホモロジー群という概念が必要なので,ここではこれを認めてください。(私がホモロジー論に疎いこともあります。勉強したら,記事として書きたいと思います。)

別解として,滑らかな(微分を考えられる)多様体では簡単に多様体の次元の不変性を証明できることが知られています(参考図書[1])。

このようにして位相多様体の次元の一意性は保証されるのですね。

余談

ここでは余談として,知っておいて損はしないことを話しておきます。

まずは一つ目の極大アトラスについてです。

導入ではアトラスについて解説しましたが,同じ位相空間でも異なるアトラスを取ることができます。

つまりアトラスの取り方による違いが生じるということです。

その取り方による違いをできる限り省くために,極大アトラスというものを考えます。

これによりアトラスの取り方による違いは,かなり無視できます。

長くなるため厳密なことは極大アトラスの記事で今後解説するつもりですが,このことは最低でもなんとなくは知っておきましょう。

もう一つは位相多様体は正則空間であることです。

厳密な証明は局所コンパクト性の記事に回すつもりですが,以下のような流れで証明できます。

[1]位相多様体は局所コンパクトであることを示す。

[2]局所コンパクトハウスドルフ空間は正則空間であることを示す。

このことをなぜ紹介したかと言いますと,
日本で良く知られている多様体論の教科書の松島:「多様体入門」(参考図書\([7]\))や松本:「多様体の基礎」(参考図書\([8]\))ではこのことを明示することなく用いている場合が多いからです。

ここに深く突っ込むと話が長くなるので,この指摘については補遺に載せたいと思います。

このような理由で敢えてこの記事では位相多様体は正則空間であることを推しています。

まとめ

今回の記事では位相多様体(topological manifold)を解説いたしました。

位相多様体のイメージ,ハウスドルフの必要性,次元の一意性について理解していただけたでしょうか?

もし「説明がわかりにくい」などご要望・ご感想がありましたら,
X(旧:Twitter)で#トイカラでつぶやいていただけると,できる限り対応します。

ここまで読んでいただき,ありがとうございました。

補遺

ここでは余談で指摘した点についてお話ししたいと思います。

松本の教科書において位相多様体が正則空間であることが非明示的に用いられているのは,特に命題13.11の証明です。

この途中で「\(\overline{W}_{2\varepsilon}=\{(x_1,\ldots,x_m)\in W\,|\,x^2_1+\cdots+x^2_m\leq 2\varepsilon\}\)は\(M\)の閉集合である。」という一見自明な部分がありますが,厳密に示そうとするとこれは非自明です。

なぜなら直前に「\(W_{2\varepsilon}\)の閉包\(\overline{W}_{2\varepsilon}\)を考える」という文がありますが,ここが曖昧だからです。

閉包を考える際は何における閉包かを明示する必要があります。

試しに「\(\overline{W}_{2\varepsilon}\)は\(M\)の閉集合である。」を成り立たせるために,
\(M\)における閉包として解釈しましょう。

すると今度は\(\overline{W}_{2\varepsilon}=\{(x_1,\ldots,x_m)|x^2_1+\cdots+x^2_m\leq 2\varepsilon\}\)という表示が成り立たなくなってしまいます。

なぜなら例えば\(\mathbb{R}\)において\((-1,1)\)の閉包は\([-1,1]\)ですが,これを\((-1,1)\)自身における表示を行うと\(\pm 1\)の点が除かれ\([-1,1]\)ではなく\((-1,1)\)という表示になってしまいます。

※\((-1,1)\)に「すっぽり入る」開集合\((-0.5,0.5)\)だと,\(\mathbb{R}\)における閉包をとっても\((-1,1)\)においては\([-0.5,0.5]\)のままとなるので,この指摘はおかしいのではないのかと思う方もいらっしゃるかもしれません。

しかしその「すっぽり入る」ということを抽象的な位相空間論で厳密に表現するためには正則空間であることを用いる必要があると少なくとも私は感じています(実際に厳密に示そうとして見ると分かると思います)。

つまり\(W_{2\varepsilon}\)を\(M\)における閉包\(\overline{W}_{2\varepsilon}\)にしたとき,新しく付け加わった点(\(\overline{W}_{2\varepsilon}-W_{2\varepsilon}\)の点)が局所座標表示できる\(W\)の中に本当に入るのかが非自明だということです。

結局\(\overline{W}_{2\varepsilon}\)を\(M\)における閉包として解釈するのは(教科書の記述の範囲では)無理があります。
※後で説明しますが,正則空間であることを使えばこの解釈はある意味正しいことが分かります。

今度は逆に「\(\overline{W}_{2\varepsilon}=\{(x_1,\ldots,x_m)|x^2_1+\cdots+x^2_m\leq 2\varepsilon\}\)」という表示を成り立たせるために,
\(W\)における閉包として考えましょう。

このとき,確かにこの表示は\(W\)の取り方によって成り立ちますが,今度は「\(\overline{W}_{2\varepsilon}\)は\(M\)の閉集合である」ことが非自明になります。

なぜなら\(W\)はあくまで開集合なので,開集合の中の相対位相としての開集合は元の位相における開集合であることは確かに成り立ちますが,開集合の中の閉集合は元の位相における閉集合とは限らないからです。

これも例えば\(\mathbb{R}\)において\((-1,1)\)における閉集合\((-1,0]\)は\(\mathbb{R}\)において閉集合でないことから分かります。

結局\(\overline{W}_{2\varepsilon}\)を教科書の記述の範囲では\(M,W\)の閉包と考えるのは無理があります。

教科書の証明を成り立たせるためには開集合\(W\)の取り方を正則空間であることを用いて,もう少し工夫する必要があります。

そうすることで\(W_{2\varepsilon}\)の\(W\)における閉包が\(M\)において閉集合になること(つまり\(M\)における閉包と一致すること)が示され,この問題は解決されます。

※一応ここの議論はあくまで私の個人的な考えに過ぎないので,私の考えを支える根拠を,上で議論したもの以外にも述べておきます。

\((1)\) まず命題\(13.11\)の\((\mathrm{i})\)の\(\overline{V}\subset U\)という\(p\)の開近傍\(V\)が存在するという主張は第三分離公理\((\mathrm{T}_3)\)と同値な条件です。そのため直感的にどこかで\((\mathrm{T}_3)\)を用いていそうなことを感じ取れると思います。

\((2)\)位相多様体が正則空間であることを述べているものを見たことがない方が多いと思いますが,位相多様体が局所コンパクトであることは松島の教科書(参考図書\([7]\))に,局所コンパクトハウスドルフ空間は正則空間であることは参考図書\([9]\)に載っています。またネットの文献では「具体例から学ぶ多様体」の著者の藤岡敦さんの授業資料からもそのことが確認できます。

松島の教科書でも同様に正則空間であることを明示せずに用いている場面が多々あります。

例:\(\S 10\)の補題\(2\)では「\(\overline{V}\subset U\)となるよう十分小さく選んでおくと」と必要な仮定が書いてあるが,\(\S 11\)の補題ではその過程を満たすことを明示的に確認せずに\(\S 10\)の補題\(2\)を使用している。ちなみに「\(\overline{V}\subset U\)となるよう十分小さく選んでおくと」という仮定は正則空間であることを認めれば,このように選べることは簡単に分かる。

参考図書

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