基底変換行列(change-of-basis matrix)
導入
ベクトル空間には基底が存在しますが,その基底の取り方は様々です。
例えばR2において⟨(10),(01)⟩はもちろん一つの基底になりますが,
別の基底として⟨(12),(34)⟩も取ることができます。
上のようにK上のn次元ベクトル空間Vにおいて,
異なる2つの基底E=⟨e1,e2,⋯,en⟩,F=⟨f1,f2,⋯,fn⟩が存在する状況を考えましょう。
イメージとして分かりやすいように
Eを私たちにとってなじみのある基底,Fをそうでない基底と思うと良いです。
このとき基底Eを基底Fに変換する操作
e1↦f1,e2↦f2,⋯,en↦fnを考えます。
これを数学的に厳密な言葉で言い換えれば
線形写像T:V→Vで
T(e1)=f1,T(e2)=f2,⋯,T(en)=fnと移すものを考えるということです。
ここで第三基礎定理を思い出しましょう。
第三基礎定理ではV≅Knであったことから,
このV上の線形写像TをKn上の線形写像と同一視することができます。
ここも数学的に言い直すと,基底Eによって定まる同型φE:V→Knを用いれば,
Kn上の線形写像φE∘T∘φE−1が取れるということです。
※φEの具体的な表示は第三基礎定理の記事で紹介しているように
基底Eによってv∈Vが
v=v1e1+v2e2+⋯+vnenと表示できるとき
φ(v)=v1v2⋮vnと移すものです。
さらにここで第一基礎定理を用いると
TP=φE∘T∘φE−1となるn次正方行列Pが存在することが分かります。
この行列Pのことを基底変換E→Fの行列と呼びます。
基底Eによって定まる同型φEは言わば,「視点Eに立ってVを見る」とイメージできます。
このイメージに沿えば下のように言えるでしょう。
変換行列Pは
「視点Eから,基底を取り換える操作Tを見たもの」
次節でこの流れをまとめましょう。
定義
前節で述べたことをまとめて,基底変換E→Fの行列の定義を確認しましょう。
定義[1]
下の可換図式を満たすような行列Pを基底変換E→Fの行列と呼ぶ。
また証明は省きますが,次元の議論から線形写像Tは同型であることが分かります。
そのため基底変換行列Pは必ず正則行列になることも押さえておきましょう。
さらに逆写像T−1を考えましょう。
このT−1はφF=φE∘T−1を満たすことが簡単に分かります。
つまりφFは先ほどの可換図式の右斜め下方向の矢印に対応します。
このことを用いると定義[1]を次のように書き換えることができます。
定義[2]
下の可換図式を満たすような行列Pを基底変換E→Fの行列と呼ぶ。
定義[2]は可換図式がスッキリするため,このサイトではこちらの定義を用いることが多いです。
しかしTP=φE∘φF−1となるため
E→Fのイメージを持ちづらいのが難点です。
※もしかしたら分かりやすいイメージがあるのかもしれませんが,私の調べた範囲では腑に落ちるものがありませんでした。定義[2]の良いイメージがある方はぜひ教えてください。
参考図書[2]ではこちらの定義が採用されています。
またもう一つ定義[3]を付け加えることができるのですが,それは次節:求め方で確認していきましょう。
求め方
では基底変換E→Fの行列Pの具体的な表示を求めていきましょう。
Pは結局第一基礎定理により定まったので,そこで解説した方法に従えば良いですね。
下のようにPを列ベクトル
pi=p1ip2i⋮pni(i=1,⋯,n)
で区切ったとしましょう。
P=(p1p2⋯pn)=p11p21⋮pn1p12p22⋮pn2……⋱…p1np2n⋮pnn
このときpi=φE∘T∘φE−1(ei)が成り立つのでした。
※eiはe1=10⋮0,e2=01⋮0,⋯,en=00⋮1のことで,
基底E=⟨e1,e2,⋯,en⟩とは異なります。
記号が煩わしくてすいません。
この式pi=φE∘T∘φE−1(ei)を下のように変形していきましょう。
つまりPの成分はf1,f2,⋯,fnを基底Eで表したときの成分によって求めることができます。
先ほど得られた関係を「形式的に」行列を用いて表示すると
(f1f2⋯fn)=(e1e2⋯en)P
と表すことができます。
つまり定義[3]が以下のように得られます。
定義[3]
(f1f2⋯fn)=(e1e2⋯en)Pを満たすような
n次正方行列Pを基底変換E→Fの行列と呼ぶ。
また第二基礎定理を用いて,写像の合成は行列の積に対応することを用いれば,
以下のことが可換図式から簡単に証明できます(要望があれば証明を書きます)。
- 基底変換E→Fの行列がP⇒基底変換F→Eの行列はP−1
- 基底変換E→F,F→Gの行列がP,Q⇒基底変換E→Gの行列はPQ
定義[3]のように基底変換行列は右からかけるので,基底変換行列を合成するときの順序には注意しましょう。
応用
前節:求め方に従って基底変換行列を求めると,
基底の成分間の等式を得ることができます。
例えば基底E,Fについてv∈Vが
と表示できていたとしましょう。
このとき定義[2]の可換図式(下の図)から
φE(v)=TP∘φF(v)より
x1x2⋮xn=Py1y2⋮ynが成り立ちます。
また両辺に左からP−1をかければ
y1y2⋮yn=P−1x1x2⋮xnが成り立ちます。
また式的にも説明を行うこともできます。
の式を行列を用いて形式的に表現すると
(e1e2⋯en)x1x2⋮xn=(f1f2⋯fn)y1y2⋮yn
となり,これに定義[3]の(f1f2⋯fn)=(e1e2⋯en)Pという式を用いれば
(e1e2⋯en)x1x2⋮xn=(e1e2⋯en)Py1y2⋮yn
となります。
よって両辺を比較して
x1x2⋮xn=Py1y2⋮yn
が得られます。
結果として前節で述べたように
基底においては基底EにPをかけることで基底Fが得られるのに対し,
成分においてはEの成分にP−1をかけることでFの成分を得られるという
逆の対応になっていることに注意してください。
この逆の対応はイメージで言えば下の図のようになります。
※個人的には完璧に腑に落ちているわけではないので,理解できない方がいたら申し訳ないです。もっと良いイメージがある方はご提案していただけると嬉しいです。
相対運動のイメージです。