沈むことを想定した建築!? 関西国際空港の知られざる物理学
こんにちは! 半沢です!
突然ですが,日本の国際線の一つである関西国際空港が,実は沈んでいっていることは知っていますか?
さらに,この沈下に対応している技術の根底には,面白い物理学が眠っていることを知っていますか?
今回の記事では,そんな魅力にひかれた私が関西国際空港とその物理学について解説していきたいと思います。
物理が得意な人はもちろん,苦手だけど好きになりたい人にも分かりやすいように丁寧に解説すること心がけますので,物理に少しでも興味がある方は必見です。
ぜひ物理学の面白さを味わってみてください。
関西国際空港は沈んでいる!?
沈む原因は?
関西国際空港は上の写真のような立派な空港で,世界初の完全人工島からなる海上空港です。
実はこの関西国際空港は現在進行形で沈んでいっています。
なぜ沈んでいっているのかというと,それは空港が建設された大阪湾の地盤が軟弱だからです。
空港が建てられた大阪湾の地盤は,建設される前段階では沖積層と上部洪積層の沈下が心配されていました。
このうち沖積層は「サンドレーン工法」によって,あえて沈下を促進させ,ほとんど終息させることができました。
サンドレーン工法とは,サンドレーンと呼ばれる砂の杭を打ち込むと,それが排水管のように地層の排水を促し,地盤を改良できるというものです。
しかし上部洪積層は技術的に沈下をコントロールすることが難しく,現在でも沈下が進んでいます。
最近では沈下のスピードは徐々に緩やかになっていますが,それでも年間\(10\,\mathrm{cm}\)弱は沈下が進んでいるようです。
つまり上部洪積層の沈下によって関西国際空港が沈んでいっているわけですね。
沈んだら何が問題なの?
沈下することで問題になるのは,全体が一様に沈下していくことではなく,場所によって沈下量が異なる「不同沈下」です。
なぜなら床が傾いたり,建物の構造を弱くしたりしてしまうからです。
沈下量を減少させることできますが,不同沈下は技術的に完全に止めることは難しいものでした。
ではどのように対策したのでしょうか?
沈下対策
この沈下に対応するため,関西国際空港は沈むことを前提とした「ジャッキアップシステム」によってその沈下を対策しました。
なぜ沈んでいっても大丈夫?
ジャッキアップシステムとは,建物の各部に取り付けられた計測器によって沈下量を把握し,その量に応じて「油圧ジャッキ」によって建物の柱を持ち上げ高さを調整するという仕組みです。
沈んでもその都度調整していくことで,不同沈下の影響をなくしているわけですね。
ところで,この巨大な建物の柱さえ持ち上げてしまう「油圧ジャッキ」とはどういったもので,どうしてそれほど大きな力が出せるのでしょうか?
油圧ジャッキとは?
これが油圧ジャッキです。
よく車の修理の時に,上の写真のように車を持ち上げるために使われています。
油圧ジャッキの原理
この油圧ジャッキがどうやって大きな力を出しているのかに,面白い物理学が潜んでいます。
油圧ジャッキは液体の性質を利用することで,大きな力を生み出しています。
油圧ジャッキに使われているのはもちろん「油」ですが,なじみやすいように水で考えると,私の説明が分かりやすくなるかもしれません。
水などの液体には「パスカルの原理」が成り立つことが知られています。
パスカルの原理とは「(液体自身の重さが無視できるなら)密閉容器内で静止している液体の一部に加えられた圧力は,そのまま等しい大きさで液体全体に伝わる」ということです。
上の図は液体の入った容器の一部に圧力\(P\)を加えると,パスカルの原理によって液体全体の各点の圧力の大きさが\(P\)になっていることを表しています。
このパスカルの原理をもとに下のような図を考えてみましょう。
右側の断面積\(A\)の板には力\(F\)がかかっており,それに対して,液体が静止するように左側の断面積\(a\)の板には力\(f\)を加えたときの状況です。
話を単純化するために重力の影響は無視できるものとしましょう。
ここでパスカルの原理より,左側の圧力\(\dfrac{f}{a}\)が右側の板にまでそのまま伝わります。
そして,右側の板には下方向に圧力\(\dfrac{F}{A}\)がかかっています。
よって力のつり合いから
\(\dfrac{f}{a}=\,\dfrac{F}{A}\)
この2式を\(F\)について整理すると
\(F=\dfrac{A}{a}f\)
となります。
ここで例えば右側の板の断面積を左側の板の\(100\)倍,すなわち\(A=100a\)としてみると
\(F=100f\)
となります。
力\(F\)に対抗するためには,\(f\)は\(F\)の\(\dfrac{1}{100}\)の強さで済むということです。
このことを利用すると,右側の板にとてつもなく大きい力\(F\)がかかっても,両板の面積比\(\dfrac{A}{a}\)を調整することで,小さい力\(f\)で支えることができてしまうわけです。
これが車や関西国際空港までも持ち上げてしまう油圧ジャッキの原理です。
てこの原理の液体版だと思うと分かりやすいかもしれません。
ちなみにこの原理はクレーンにも使われています。
こんな簡潔な式によって表される説明で,巨大な建造物さえも持ち上げてしまうのは感動を覚えますね。
まとめ
沈むことを想定しているという関西国際空港の魅力と,強大な力を生み出すことができる可能性を秘めたパスカルの原理の魅力の両方を解説して参りました。
このように普段何気に目にしたり,利用したりするものの原理に少しだけ首を突っ込んでみると,多くの面白い物理学が秘められています。
今回の私の話を通して,少しでも物理学に興味を持っていただいていたら幸いです。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
<参考文献>
- 佐藤章.「関西国際空港」.中央公論社.1994発行.232p.
- 日建設計.「ANTI-SUBSIDENCE MEASURES 不同沈下対策」.Process: architecture.1994発行.122号.p.164-169
- 関西エアポート株式会社.「関西エアポート」.http://www.kansai-airports.co.jp/index.html.2023-08参照
- 不二越ハイドロニクスチーム.「新・知りたい油圧/基礎編」.ジャパンマシニスト社.1993年初版発行.325p