交換子群(commutator subgroup)
そもそも交換子とは?
まずは交換子(commutator)について確認しましょう。
群Gの2つの元g,hの交換子を
[g,h]=ghg−1h−1で定義する。
交換子と言われる理由は,次のようにgとhの交換(可換)性の情報を持つからです。
[g,h]=1G⇔gh=hg 証明はghg−1h−1=1Gの両辺に右からhgを掛ける(逆はその逆操作を行う)だけです。
その他,g,k∈Gについて,gのkについての共役をgk=kgk−1と定義すると,
下のような計算法則が成り立ちます。
- [g,h]=[h,g]−1
- [g,h]k=[gk,hk]
- [gh,k]=[h,k]g[g,k]
- [k,gh]=[k,g][k,h]g
証明はただの計算ですので,省略させてください。
※教科書によっては逆の[g,h]’=g−1h−1ghで定義されることもあります。
上で定義したものと[g,h]=[g,h]’−1の関係があり,先程の計算法則はやや異なった表式になります。
しかし,この違いが決定的になることは(私の知る限り)ないです。
実際今回のテーマである交換子群はその定義を確認してもらえれば,交換子の定義にはよらないことが分かります。
定義
それでは交換子群(commutator subgroup)の定義を確認しましょう。
定義
⟨[g,h]∣g,h∈G⟩をGの交換子群と言い,
[G,G]やD(G)で表す。
言葉で言い換えれば次のようになります。
Gの交換子群とは,Gの中のあらゆる交換子で生成される群。
性質
交換子群の性質として次のことが知られています。
性質[1]
G⊳D(G)で,G/D(G)は可換群である。
性質[2]
G⊳NかつG/Nは可換群⇔N⊇D(G)
特に性質[2]は,交換子群が剰余群が可解群となる部分群の中で最小であることを表し,
かなり応用の利くものです。
またG/D(G)はGをできるだけ崩さずに可換にしたものと考えられるため,
これをGの可換化と呼び,Gab=G/D(G)と表します。
abは可換化(abelianization)から来ています。
これらの性質は証明をせずともかなり直感的に理解することができます。
なぜなら剰余群G/D(G)は言わば,D(G)元が単位元になっているような空間です。
もちろんGの任意の交換子はD(G)の元ですので,単位元になってしまいます。
そもそも交換子とは?で確認したように[g,h]=1G⇔gh=hgですので,性質[1],[2]が成り立つわけです。
性質[1]では「[g,h]=1G⇔gh=hg」の「⇒」を,性質[2]ではその同値性「⇔」の影響が出ているのですね。
応用についてはこちらの節に,証明はこちらの節に載せていますので確認していただけると嬉しいです。
具体例
まずは一番基本的な加法群Zの交換子群D(Z)について考えましょう。
任意のn,m∈Zについて
[n,m]=n+m+(−n)+(−m)=0ですので,Zの交換子は全て0(単位元)となってしまいます。
よってD(Z)={0}です。
同様にして可換群AについてD(A)={1A}であることが分かります。
n≥3のとき,非可換群となるSnについてはどうでしょうか?
実はD(Sn)=Anとなります。
証明は長いため参考図書[1]に任せますが,n≥5の時,交代群Anは非可換単純群であるという性質からD(Sn)=An(n≥5)となることを導けます。
そして残りのn<5のときも,手計算によりD(Sn)=Anとなることが分かるからです。
応用
ここでは交換子群が今後どのように役に立つのかを解説していきたいと思います。
まず【群論】可解群とは? なぜ方程式の可解性と関係するのか?まで解説で解説したように,
可解群の判定に用いることができます。
また有限群の表現論においては,性質[2]が成り立つことから
Gの1次表現と可換化Gab=G/D(G)の表現を同一視できるという,
かなり便利な定理を導けます。
まとめ
この記事では交換子群について解説してきました。
応用で話したように有限群の表現論において,可換化Gabはかなり重要な群になりますので,興味のある方は絶対に押さえておきましょう。
もし「説明がわかりにくい」などご要望・ご感想がありましたら,
X(旧:Twitter)で#トイカラでつぶやいていただけると,できる限り対応します。
最後に参考図書や性質[1],[2]の証明も載せてあるので,気になる方は覗いてみてください。
ここまで読んでいただき,ありがとうございました。
証明
次の性質[1],[2]を証明していきましょう。
性質[1]
G⊳D(G)で,G/D(G)は可換群である。
性質[2]
G⊳NかつG/Nは可換群⇔N⊇D(G)
それでは証明です。
[証明] 性質[1]は性質[2]を示して,N=D(G)とおいて(⇐)を用いると示せる。
よって性質[2]のみを示せばよい。
まず⇒について示す。
G/Nは可換群なので,任意のg,h∈Gについて
[g,h]N=ghg−1h−1N=Nが従う。
これは[g,h]∈Nと同値なので,NはGの任意の交換子を含む。
D(G)はGのすべての交換子によって生成される群なので,D(G)⊆Nとなり⇒は示された。
次に⇐について示す。
N⊇D(G)より任意のg,h∈Gについて
[g,h]=ghg−1h−1∈Nである。
ここでhの任意性からh=n∈Nとおくと,
gng−1=Nn=Nとなり,これはG⊳Nを表す。
よって剰余群G/Nが定義でき,[g,h]∈N⇔ghg−1h−1N=N⇔ghN=hgNとなる。
これはG/Nが可換群であることを表す。
したがって⇐も示されたので,証明は完了した。